【特集】砥部焼窯元 すこし屋 松田窯

シンプルでやさしい形、光沢を抑えたマットな質感、古典的でありながら斬新さも感じる絵付け……。いわゆる王道の砥部焼とは一線を画す雰囲気を纏っているのが『すこし屋』の器だ。

「砥部焼でずっと守られている手作り・手描きの技法を大切にしながら、ひとつひとつ丁寧に作ることを心がけています。形を作るのも模様を描くのもすべて手作業。それがゆえにどうしても多少の個体差は出てきますが、それも手作りの良さのひとつ。大量生産ではない、人の手で作られているあたたかみが少しでも伝われば嬉しいです」と知美さんは話す。

以前は教師として働いていたこともある知美さん。27歳のときに「ものを作ることを仕事にしたい」と、陶芸塾へ入ったことがこの道へ進んだきっかけだという。

「自分の中で「何かを生産することを仕事にしたい」と思い始めたのが教師を辞めた頃でした。ちょうどその頃、親戚から陶芸塾のことを聞いて。駄目元でもと応募して通うことになったのが、陶芸との出会いでした。私は昔からどちらかというと不器用で、ものを作ることに関してはむしろ苦手意識のほうが強かったほど。でも、不思議と焼き物に関しては興味を惹かれて……、性に合ったとでもいうのか、土を触るのも絵付けをするのもすごく楽しかったですね」。

卒業後は仲間と共同で窯を借りて作陶していた知美さん。その頃今の旦那様である歩さんと知り合い、2005年からは夫婦で『すこし屋』を始める。

「卒業してからは同期の友人と窯を借りて制作していたのですが、ちょうどそこが夫の窯元『松田窯』の近くだったんです。その界隈の仲間たちで交流を深めていくうちに、グループ活動を始めようということになって、夫も私もそのメンバーの一員でした。それぞれのメンバーが家業としてやっている砥部焼とは“少し違うもの”だったり、“少し新しいこと”をやろうという取り組みだったことから、そのグループ名が『すこし屋』になったんですね。そうして、2005年からは私たちが『すこし屋 松田窯』としてその名前を引き継いでいくことになりました」。

このようにして立ち上げられた『すこし屋』。器作りには、知美さんのアイデアやセンスが反映されている。さらりとしたマットな質感は、大きな特徴のひとつといえるだろう。

「夫が『松田窯』を一人でしていた頃は一般的な釉薬を使っていたのですが、『すこし屋』になってから挑戦したのがマット釉を使った仕上げ方。私自身、昔から布の感じが好きで、洋服や着物に使われている生地の風合いになんとなく惹かれるものがあったんです。それもあってか、光沢のあるつるっとした質感より、こっちのほうがしっくりきたんですね。はじめはマット釉も市販のものを使っていたけれど、今は鉱物を調合して自分たちの器に合うものを作っています。釉薬にも絵の具にも、それぞれの窯元との相性ってあるなと思います」。

知美さんが布に感じていた魅力が『すこし屋』の代表的な絵柄である「十草」や「小紋」「四弁花」にも影響を与えたという。

「梅の花を描いた小紋(こもん)、しましま模様の十草(とくさ)、四弁花をモチーフにした花柄は、どれも伝統的な日本の模様。着物にもよく使われている柄なんですよ。それらをベースに自分流にアレンジを加えているのですが、あえて柄が見切れるように総柄っぽく描いているのも、布好きが影響しているかなと思います。古くからある伝統的な砥部焼って、線で境目を引いてその間に模様を描くというものが多いので、この柄の入り方はちょっと珍しかったのかもしれません。2006年頃に出来上がってから若い世代の方を中心にずっと好評で、今ではうちの定番柄になりました。最近は小紋と十草を合わせたミックス柄というのも人気なんですよ」。

現在は知美さんがデザインと絵付けを、歩さんがろくろなどの成形を担当。信頼のおけるスタッフとともに日々制作に励んでいる。

「今の『すこし屋』は、私たち夫婦二人でというより、チームとしてみんなでやっている感じ。毎日こつこつ作っていて、夫も私もその一部分を担っているというだけなんですよ。こうやってみんなで協力しながら作れるのは嬉しいことだし、助けてもらっているなと実感しています。絵付けも、私が描いていたものより上手に仕上げてもらうことのほうが多いぐらいです(笑)。私の主な役割に新しいデザインを考えるということがあるのですが、これからは若い方の感性を学んで、少しずつでも取り入れていきたいなと思っています。みんなで作っている『すこし屋』を長く続けていくためにも、アンテナは高く張っておきたいですね」。

変化を恐れず、砥部焼に新しい風を吹き込み続ける『すこし屋』。目標とするのは未来の定番だ。

「挑戦することも忘れずにいたいのですが、同時に、今あるものを大切に長く作っていきたいとも思っています。以前フィンランドを訪れた際に、もの作りへのマインドに深く共鳴することがありました。ものが溢れている日本と比べると種類は少ないけれど、質のいいものが日常的にそばにある。それっていいなって、素直に思ったんですね。私たちが作っているのは決して特別なものではなくて、ふだん使いにぴったりな器ばかりです。これらが生活のなかで当たり前にあるような、そんな“未来の定番”を目指したい。長い時間をかけながら、『すこし屋』の器がそんな存在になれればと思っています」。

—「こんな砥部焼があったらいいな」という願望を叶えてくれる、『すこし屋』の器。少数精鋭で丁寧にもの作りを続ける誠実な姿勢こそが、見る人の心に残る器を生み出せる所以なのだろう。—


すこし屋 松田窯
住所:愛媛県伊予郡砥部町大南826
電話:089-962-1130

Profile:松田知美(愛媛県出身)
教師を経てもの作りへの道を志し、陶芸塾で砥部焼を学ぶ。『松田窯』を営む松田 歩さんと2005年に『すこし屋』を設立し、新しいジャンルの砥部焼を確立。現在もさまざまな表現法を追求している。

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