【特集】砥部焼窯元 陶房くるみ

身近な風景にある自然の草花を題材にした、素朴な雰囲気の器たち。透明感のある柔らかでふわりとした色遣いは、親しみやすさも感じさせる。これらの砥部焼を生み出しているのが、『陶房くるみ』の中川久留美さんだ。

中川さんは約20年間、絵付け師として砥部町内の窯元に勤務。その後砥部焼のすべてを学びたいと、50歳を過ぎてから陶芸塾に入ったという。

「子育てがひと段落した32歳のときに働き口を探していて、知人から誘ってもらったのが砥部焼の絵付けのお仕事でした。それから20年は絵付けを専門に同じ窯元に勤務。その窯元は「絵付け師として働いているのだからあなたらしいデザインを」と言ってくれるところで、単に与えられた絵を描き続けるというだけじゃなかったんですね。その頃初めて自分が考えたものが商品になり、買ってくださる方がいるんだという嬉しさを覚えました。そして20年が経って辞めることになったとき、主人が「何か頑張ったご褒美を」と持ちかけてきてくれたんです。そしたら、たまたまその日の新聞に陶芸塾の塾生募集の記事を見つけて。宝石をもらうよりも何よりもここに行きたい!と思い立ったんですね。そうやって陶芸塾に通い始めたのは50歳を過ぎてからのことでした」。

陶芸塾での2年間で基礎を習得したのちに『陶房くるみ』を立ち上げた中川さん。

「それまでは出来上がった器に絵を描くだけだったので、生の土を触るのもろくろを引くのも初めての経験。陶芸塾と陶画教室にも通いながら、砥部焼の基礎を含め、ひたすら勉強を重ねる日々でした。砥部焼界に多くの功績を残された米田南光先生には筆の持ち方から古典的な絵柄の描き方まで、クラフトで有名な工藤省治先生からは自分らしいデザインをどう起こしていくかなど、数えきれないほど多くのことを教わりました。塾を卒業した後は絵付け師の資格を1級まで取って、自分の窯元を開くこともできて、今は依頼があると小中学校へ絵付けを教えに行ったりもしています。昔は銀行員として働いていた時代もあったので、自分がのちにこんなことをするとは思ってもみませんでした(笑)」。

そんな過程を経て生まれた『陶房くるみ』の器はほんわかとした優しい絵柄が特徴的。モチーフには、自然の中にある草木や花、動物を選ぶことが多いそうだ。

「ツルニチニチソウやサクラソウ、ダモの葉っぱ……、あとは動物を描くこともよくありますが、基本的にはこの工房の近くで見られる自然の風景から得たものを題材にしています。犬を連れてこの辺りの土手を散歩しながら、よさそうものを見つけると「ちょっと待って!」と言って採取してから帰ったり(笑)。そうやって摘んだ後は、まずはじっくり写生をすることから始めます。葉っぱは葉脈まで、お花は内側の雄しべや雌しべまでを細かく描写。その特徴の中のどこをどう引き出すかを考えて、自分らしいデザインに落とし込んでいっています」。

そのような自然の姿を活かして生まれるあらゆる絵柄。描く際の技法や色合いにも、中川さんならではのこだわりを
感じる。

「うちでは和紙染めという技法を多く使っています。模様の形に合わせてハサミで切ったり手でちぎったりした和紙を器の表面に置いてその上から色をのせ、釘で線を彫っていくというやり方です。和紙に呉須を染み込ませて生地に色を移していくのですが、そのときどきの気温や呉須の濃さ、筆についた塗料の割合など、ちょっとしたことで色の出具合が違ってくるんですね。そうやって毎回少しずつ表情が変わるから、器はどれもオンリーワンの仕上がり。筆で模様を描くと線や濃淡がくっきりとした出来栄えになりますが、それとは違った和紙染めの優しい風合いも好きなんです。また呉須も、自分の模様に一番合う色というのを作ってみたくて、全国から取り寄せたものを配合して使っています。群青色に近い青やサーモンピンク寄りの赤、ちょっとくすんだ緑など、お料理を邪魔せず、モチーフそのものの自然の姿に近い色というのを意識していますね」。

器は毎日使うもの。それぞれの家庭に合った方法で自分の器を育てて欲しいと中川さんは語る。

「お勤めをしていた頃に聞いた話なんですが、介護施設に入所されているおじいさんとそこに面会に来るおばあさんが、私のマグカップを使ってくれていたそうなんです。3時のおやつの時間になると毎日必ずそのマグカップを2つ並べて、2人で一緒にお茶をしていたそうで……。それを聞いたときに、何だかすごく胸に込み上げてくるものがあったんです。自分が描いた器を使って幸せな時間を過ごしてくれている人がいるんだ、ということが実感できた瞬間でした。私は器の生みの親ですが、お嫁に出した後は、買った人が育ててくれるようなものだと思っています。器を通して楽しい時間を過ごしてほしいし、思い出の風景の一部になっていてほしい。どんな使い方でもいいから毎日使ってもらって、そのご家庭で器が育っていってくれるなら、こんなに嬉しいことはないですね」。

そんな中川さんが今後挑戦していきたいのはどんなことなのだろうか?

「今までは大きいものを作ることはあんまりなかったのですが、去年初めて洗面鉢を作る機会があったんです。大きいもののろくろの回し方も教わったのでこれからは陶板や灯り、表札など、家の一部として楽しめるようなものというのを作ってみたいですね。そしてもうひとつどんどんやっていこうと思っているのがペット用の器です。うちでは保護したり迷子になってやってきた犬や鳥を飼っているんですが、のちのちはそんな動物たちを守る活動にも関わっていきたいと考えています。去年新しく建てたギャラリーでまた少しずつイベントもしていきたいし、この春からはリクガメも仲間入りする予定なので、これからもっともっと賑やかになりそうです」。

—積み重ねる毎日の中で“ずっと付き合っていくもの”を目指し、手塩にかけて作られている『陶房くるみ』の器。そこには自然や動物を慈しむ中川さんの、使い手へ向けた思いが確かに宿っている。—


陶房くるみ
住所:愛媛県松山市中野町甲148-5 電話:090-4977-6874

Profile:中川久留美(愛媛県出身)

砥部町内の窯元で絵付師として長年経験を積んだのちに陶芸塾へ通い、2016年に『陶房くるみ』を設立。2020年には工 房と同じ敷地内にギャラリー兼ショップを構え、憩いの場ともなっている。

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